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地図について考えてみよう・3

 投稿者:Efendi  投稿日:2005年 1月26日(水)00時07分21秒
  また、混一疆理歴代国都之図では、一目見れば分かるとおり、中国が異常に大きい。これまた世界観の地図への反映である。
もう少しましなもので、17世紀のオランダで作られたアジアの地図を見ると、トルコ(バルカン・エジプトを含む)、ペルシア、中国が大体同じ大きさで描かれている。これはこの3国が、同じくらい、とみなされていたためであろう。

グローランサの地図でも、フロネラやペローリア、クラロレラといった大地域は同じくらいの大きさで描かれているが、とりわけクラロレラはあんなにちいさいのだろうか?


さて、だがしかし、わたしたちが「古地図」として目にする地図の多くは活版印刷普及後の地図である。つまり、ヨーロッパでは国境という概念が広く認識された時代であり、地図では何より国境が強調されてくる。これは現代に生きるわたしたちも同様である。色とりどりのヨーロッパ地図から色を抜けば、ブルターニュ半島からウラル山脈まで広大な平原が現れ、地形的にヨーロッパの境というものは見えなくなってしまう。
もっとも、国境の概念はないが、共有文化の境界の概念ならばあったろう。後期ローマ帝国時代には、帝国は2分、4分されたが、それは地中海で区切るのではなく、東西に区切られた。イギリスとスペインとモロッコがおなじ領域であったわけだ。それが1000年後にはチュニジア生まれのイブン=バトゥータはデリーで法官のバイトまでしたが、イタリアに行ったことはない。

まあ、それは先述の地図の区切り方に現れることで、ここで問題にした、国境線を強調しない時代の地図だが、そこに描かれるのは、都市と街道と移動困難な地形、そしてトピック、ということになる。
要するに、誰が地図を見るのか、といえば商人と将軍なのである。

そういうことで言えば、「グローランサ」のおまけについてた都市と地形だけが書き込まれたジェナーテラ地図は、あれに街道とトピックが描きこまれれば理想的な中世の地図となるだろう。
トピックというのは、例えば霊験新かな泉だとか、そういうものである。辺境に行けば、地形の書込みが少なくなる分、怪異を扱うものが増えてくる。スペースも余ってるのだ。また、都も農村社会の時代には一つの驚異であって、必ず目立った絵がかれ方がする。
地形の方は、これはわたしたちが見慣れた地形図とは若干異なって、小川でも急流などは強調して描かれるし、緩やかな起伏は描かれない。

グローランサの現状の地図から、移動にまつわる地形を読み解くのは難しいが、基本的に街道沿いの都市は等間隔に現れるので、それが間隔が短いところでは河渡しのために栄えた町などと読めるだろう。また、都市の間隔が思い切り離れているところは、その間、ほとんど水が得られない、と読めるだろう。草原か砂漠、ということだ。


ずっと前にさかのぼって、世界概念を表した世界地図のほかに、実用地図というものを挙げた。上記の街道図もその一つである。

教科書には必ず載ってる魚鱗図冊、これは徴税を目的としたものだ。徴税といえばルナー帝国。だが、ペローリアでは竜に対する嫌悪から、魚鱗図冊よりは、竜、その矮小化した象徴である蛇、これを食べる太陽の眷属、鳥の羽毛を象った地図の方がふさわしいかも。銀の影のかたちに首を巻く鶴とか。

都市図や狭い地域図、というと、鳥瞰図がでてくる。これは美しさ、直感のしやすさのほかに、軍事的な目的がある。とりわけ大砲が使われるようになってからは丘が必ず描かれる。
大砲以前には、丘に陣取るということは為されなかったものだ。囲まれれば水が得られないからである。
だが、グローランサでは「物質魔術」のようなものも使われるだろうから、これは大砲のある時代の感覚と同じにみなしてよいかもしれない。


取り留めのない話になってしまったが、グローランサの地図を描くにはどうするか、という単純な話に戻すと、「グローランサ」にあるような国境線を強調した地図ではなく、都市と街道とトピックを強調した地図にするのがいいんだろうと思います。この地図において国境は、関所というトピックで現れることになって、どの山があっちで、どの山がこっちというのは不分明なままですね、この時代の感覚では。
カタロニア図 the Catalan Atlas、という地図が参考になると思います。
 

地図について考えてみよう・2

 投稿者:Efendi  投稿日:2005年 1月25日(火)23時22分26秒
  いや、もちろんアルティネの地図はほとんど空想で構わないんですけれど。
想像の地が現実の地より身近、というのは例えば、中世キリスト教徒の地図には必ず現れる、チグリス・メソポタミアの上流にあるエデンの園と、火の海に遮られたアフリカ、といった感じですね。

地図の区切り方、というのも一つのテーマですね。例えば、モンゴルを中心とした正距方位図法を描けば、彼らが中国、ペルシア、ヨーロッパでどこを攻めようかな、と考えるのも分かります。メルカトル図法だと難がありますけどね。

グローランサでも、ペント、オローニン、ドラストール、ジルステラといったところを中心に持ってきた地図があれば、グローランサ史理解の助力になるでしょう。
ふと頭に浮かべてみると、ジルステラ、彼らのクラロレラや東方諸島への進出と、アルティネやスローンへの未踏は不自然な気がします。ブリソスとトラデシリャス条約でも結んでいたのでしょうか。


さて、コラビブランの地図は、こうした各地中心の地図を寄せ集めて、最小公倍数で描かれたのかもしれませんね。というか、この地図を正しいとするかしないかは、大問題なんですけど。

正確な測量が為される以前の地図、というものはよく知られた地域であっても正しくありません。当たり前なんですけど。
もっと言うと、そういう時代の地図でもある面では正しい、というか情報が1つだけなんですね。


具体的に言うと、距離の長さは距離ではなく時間で測られます。例えば、混一疆理歴代国都之図、という李氏朝鮮で描かれた世界地図があるんですけど、この地図の左端、アフリカ大陸に西アフリカの突端がないのは、大西洋を西行する海流と風のせいで、紅海が長いのは無風地帯であるためと考えられています。この地図では近い中国沿岸は歩いたりして別の求め方ができてるんですけどね。

これに関して思うのは、例えば大荒野の海岸線の長さ。わたし思うに、大荒野沿岸は東西に行き来するのに適しています。というのも、大荒野は砂漠ですから日夜の寒暖の差が大きいので、海との間で恒常的に南北の風が吹く。となると、帆を風に対して45度に保てば、理想的な航海ができるわけです。

補給の問題で航海困難では? という突っ込みもきそうですけれど、これについてはジェナーテラの地図を全面信用できないと思います。要するに、海岸線に集落あるんじゃないかと思うんですけど。コーフルーのような小さな港が描かれるのは、それがプレイヤーにとって重要だからです。あんな小さな港をすべて描いていては、クラロレラやケタエラの海岸は埋まってしまうでしょう。
ここからはわたしの推測ですが、大荒野海岸には、アレクサンドロス大王東征記で描かれたゲドロシアの哀れな民、魚を乾かして、挽いて粉にして羊を飼うような民がいるのではないか、と。ゲドロシアの人々は、漁労を知らないことから海から来た漁労民ではなく、ペルシアの中原で敗れて逃げた人々の末裔と考えられていますが、大荒野でもジェナートの時代の後にそういう人々が出たんじゃないかと。ゲドロシアも大荒野も、森がないですから原始人が漁労から集落を起こすような土地ではないわけです。
大解放後は、大荒野沿岸民はより悲惨なことになったかもしれない。アレクサンドロスも食料の不足からゲドロシア人を襲撃して羊を奪い、挙句にまずいとかいってますが、ハレックもコーフルーを襲撃してることから、そういう襲撃はあったでしょうし。だいたい海の男というのは無理やり船に連れ込まれて、規律と禁欲と乏しい食料で荒みますから。で、ハンドラなりの貿易商兼海賊などがそういう集落を支配して、原住民を人と思わぬ扱いをし、補給で稼いでいて、さらに砂糖やらを栽培しているかもしれない。原住民の間では、病気と新しい宗教による価値観の喪失、絶望が蔓延しているかもしれない。
一方で、グローランサなら、魚人との間で交流があり、シーポリスのようなグローランサ的海洋文化に浴しているかもしれない。
後者の方が後味がいいが、描ききるとなるとなかなか難問だ。
 

地図について考えてみよう・1

 投稿者:Efendi  投稿日:2005年 1月25日(火)22時01分6秒
  昨年の夏、地図について尋ねられて、具体的なやり取りの段になったら考えよう、と思ってたんだんだけど、もしかしたら向こうも待ってたら大変なので、少しアウトライン的なことを述べてみましょう。
ただし、明日は5時起きなので、話が大きくなったら途中でやめますが。
また、このアウトラインも、参考となる図を用意してからにしようかな、と思ってたのだけれど、またそんなこというと夏になってしまうかもしれないので、とりあえず書こう。


地図、といっても大別して2種類あるかと思うんです。いい地図と悪い地図、ではなくて、当時の人の世界観を表した「世界地図」と実用に用いる「地図」ですね。現代でも、世界地図と、路線図とか道路地図とか使い分けてますよね。

前者の場合、まず世界観があって世界地図が描かれるわけですが、世界地図ができるとそれによって世界観がまたフィードバックする、という双方向的な作用が見られますね。
例えば、現代わたしたちがなじんでいるメルカトル図法、丸い地球を横長の長方形に収めた地図ですが、これによってわたしたちはいろんな、現実とは異なるイメージを受けてるわけです。わたしたち日本人はブラジルとアフリカの近さを実感しないし、欧米人は太平洋の広さを実感しない。インドはヨーロッパよりずっと小さい(ほとんど同じ大きさなのに)。日本が狭い、という認識も世界地図なしには成立しないですよね。挙げるときりがないのでこの辺にしますが。


地球の場合は丸いですから、自分の住んでいるところは世界の中心で、その周りには人間が住んでいるけれど、世界の周辺には山や海などの越えられない境があって、怪物がすんでいると考えられました。自分が住んでいるところは世界の中心、というのは例えばスカンジナビアのようなところに住んでいる人もそうだったんですね。これは、サプリメント「Viking」にいい地図が載ってます。

昔の1万キロ四方のグローランサはそういう世界観でしたが、その後の補遺によって、そのさらに向こうの地形も明らかになってきましたね。
「グローランサの神々」所収の地図は、16世紀のコラビブランさんが書いた、ということになっていて、これに関する考察はこの掲示板でもやったんですけど。

わたしたちにとっては馴染み深い1万キロ四方なんですが、要するに16世紀、ここ100年の世界観、ということですね。それも、一般的な認識かどうかはわからないんですが、この地図という既成事実があるので、これは現代17世紀はそういう認識、としておいたの方がいいのかな。いや、あくまでもそういうことを知っている人がいる、というだけのことで。0か1の違いは大きいですよ。もちろん、ほとんどの人は知らないはずです。現代の地球だって、クウェートの位置がセンター試験に出るくらいだし。

まあ、でも認識された世界として半径5000キロというのは悪くないのかな。ヘロドトスが描いて見せた紀元前5世紀の世界が、半径2500キロくらいになりましょうか。もっと古代、シュメール時代などだと、メソポタミア地方だけで世界だったんですけど。ただ、ペルシア帝国後のヘロドトス、モンゴル帝国後のマルコ・ポーロといった感じで、やはり大帝国の版図が認識に大きく影響を与えるようです。グローランサにも、神知者帝国という歴史がありますからね。

で、じゃあ半径2500キロとしましょうか。そういう地図=世界認識を、例えばロスカルム人が持つとき、わたしはそこにはアルティネがあってヴォルメインがないような気がするのです。世界の中心はブリソスとか、日没門とか。
ああ、世界の中心から自民族がずれることは後進民族では普通ですね。例えば、日本といい、朝鮮といい、中国の東、ということですね。
 

サーバー更新をし忘れました…

 投稿者:Efendi  投稿日:2005年 1月25日(火)21時17分13秒
  たいへんごぶさたしております。

生意気にも efendi.jp という独自ドメインを取得していたのですが、今月が契約更新だとサーバーとドメイン管理会社から言われてたんだけど、ま、週末に…と思っていたら、すっかり失念していて、今日、サーバーの方からサービス完了の通知が来てしまった。はぅぅ
それはまあいいとして、独自ドメインの方が「1/25まで」ということになっていたけど、21:00 に更新手続きして間に合ったのかしら? 間に合ってないと、efendi.jp も取れなくなってしまうかも…。はぅぅ

そういったわけで、今日からしばらく、背景とかがありません。この掲示板。

> とはいっても、果たしてここを見ているのかしらん?

とはいえ、管理者も見てなかったのだけれど…。

申し遅れました。明けましておめでとうございます。

でも思ったより荒らされてなかったなぁ…。ネズミも近寄らない廃墟と化してしまったか。

せっかくの機会なので、ちと宿題に手をつけますか。
 

あけおめ

 投稿者:なゆた  投稿日:2005年 1月 1日(土)01時53分3秒
  んー、ごぶさたしております。
とりあえず新年のご挨拶~。

とはいっても、果たしてここを見ているのかしらん?
社会人になって忙しいのかな?
 

グレイズランド諸氏族

 投稿者:Zeb  投稿日:2004年 6月19日(土)00時31分25秒
  覚書
グレイズランド以外のオーランス人の勢力分布図については以下の地図を
参照のこと。(ドラゴンパスの住人はほとんど半遊牧なので、領土という
概念は希薄のようですが)
http://www.stempest.demon.co.uk/glorantha/dptribes.html

David Dumham氏が今のところ、グレイズランド地域については権威です。
どうやらこの南方の「純粋な馬の民」には部族は一つしか存在せず、氏族
の上に「羽馬の女王」と「駿馬の王」(MoL&Dに出ている黄金弓の兵団を率いる)
が君臨しているようです。

グレイズランド人の典型的な意見はひろき氏のサイトで見ることができます。
「ウチのおとんのいうことにゃ」
http://www.age.ne.jp/x/dorastor/html/myfather.htm
(これの新しいバージョンはHQ Voicesの中に入っています。)
食いしん坊の「天の弓」、お友達の「陽の輪」の氏族がだいたいどのあたりで
見つけられるかは、David氏の以下の目安を見てください。

http://www.pensee.com/dunham/glorantha/grazer/grazerClans.html

 

MoLD うp 乙

 投稿者:Efendi  投稿日:2004年 5月18日(火)21時46分11秒
  って、何語?

まりおんさんが Tome で Masters of Luck and Death のレビューを上げられたので、LoS の方からは削除しますね。

http://www.glorantha.to/~tome/lib/review_MoLD.htm

 

四本足に従う民・1

 投稿者:Efendi  投稿日:2004年 4月28日(水)00時19分13秒
   さて、これは昔の話。お前たちの祖母の七の七倍も昔の話。
 その頃、母なる河の辺りには、三種類の二本足がいた。集める民、狩る民、すなどる民だ。これらは互いに親しかったわけではなかったが、憎しみあっていたわけでもなかった。お互いに相手の生き方は自分たちの道ではないということを知っていたからだ。例えば、集める民には狩る民のような「轟く雷鳴」に立ち向かう勇気はなく、すなどる民のような水に沈まないうちに向こう岸へ渡るすばしっこさもなかったが、棘がたくさん生えた莢の中に甘い実が入っていることや、色鮮やかな小さい木苺の粒が時として二本足を遠くへ連れ去っていくことを知っていた。

 さて、その頃の世界にはまだたくさんの種類の四本足の兄弟がいたが、中でも狩る民がもっとも望んでいたのは「轟く雷鳴」であった。四本足にもかかわらず背はわれら二本足と同じほどあり、黒くて固い毛にびっしりと覆われていて、その上鋭くとがった二本の角を生やしている、というだけならまだしも、彼らは黒雲と見間違うほどの集団で草原を縦横無尽に走りぬけたので、狩る民といえど彼らにはうかつに立ち向かえなかった。だが、「轟く雷鳴」たちはひどい斜視だったので、全力で走るとしばしば前に何があるか頓着しなかった。時に彼らは不幸な二本足を蹄にかけたが、時に彼らの方が不幸に崖から転落したものだ。

 さて、狩る民の中である悪賢い者が、こうしてたまに崖から降ってくる贈り物をいつも得られないものだろうかと頭をひねり、「轟く雷鳴」の群れを崖に追い立てることを思いついた。こうして、狩る民は食べきれないほど肉と着きれないほどの毛皮を手に入れた。だが、食べきれないほどの肉は結局のところ空を飛ぶ兄弟や六本足の兄弟たちのお腹に納まったので、これはもったいないことと、狩る民は肉と毛皮を集める民とすなどる民のところへ持っていった。

 さて、集める民は肉と毛皮をとても喜んだ。だが、彼らには狩る民が喜ぶものをあまり持っていなかった。そこで彼らは一族の中から美しい女や子どもを贈ったり、あるいは狩る民が喜びそうなものを地の果てまで求めに行ったりした。あんまりにも遠くに行くものだから、集める民は自分たちの仕事ができなくなってしまった。にもかかわらず、また女や子どもを一族から離したにもかかわらず、集める民はどんどん増えていった。狩る民はこれにもまして増えていった。そんなわけで、肉と毛皮はどんなに採っても余るということがなかった。

 さて、すなどる民は肉と毛皮をあまり喜ばなかった。かえって、そんなことを続けていたらお前たちの大事な四本足の兄弟がいなくなってしまうぞ、と狩る民に説教した。もちろん狩る民は怒って、なら代わりにげんこつをくれてやろう、と言った。するとすなどる民は、もはやお前たちとは話をすまい、と言って踵を返した。このとき以来、すなどる民、あるいは河の民はわたしたちとは違う言葉を話すようになった。

 さて、その頃四本足の兄弟たちは、二本足のあまりの振る舞いに額を寄せ合って協議していた。ここから去る、というのはできない相談だった。喉が渇けば母なる河に戻ってこざるを得ないからだ。そこで、二本足たちを懲らしめる、というところまで話は進んだのだが、そのための妙案はなかなか浮かばなかった。そんな中、顔の長い兄弟が冬の母に頼んではどうか、と提案した。それには一同腹を立て、顔の長い兄弟を卑怯者よと罵った。すると顔の長い兄弟は泣きながら、ならばお前たちも二本足たちと一緒に痛い目を見るがいい、と言い放って北へ駆けていった。一同は止めようとしたが、顔の長い兄弟は誰よりも速く長く走れるので、それはできなかった。そして、しばらくしてこの母なる川に白くて冷たいものが無数に舞い降りてきた。この裏切り以来、顔の長い兄弟はこの地の四本足からも二本足からも憎まれ続けている。
 

四本足に従う民・2

 投稿者:Efendi  投稿日:2004年 4月28日(水)00時18分0秒
   さて、世界がどんどん寒くなっていって、草が茶色くなっていくにつけ、二本足たちは四本足の肉しか食べるものがなくなっていった。四本足たちはどんどん遠くへ逃げていったが、二本足たちは朝日の昇る東の山の果てまで彼らを追っていった。その東の山の果てで、狩る民はこれまで見たこともない立派な「轟く雷鳴」に出会った。彼らは最初は喜んだが、この偉大な四本足がなだめてもすかしてもちっとも動かないばかりか、彼らをひどく痛めつけるので、最後にはひどく怒って、お前は四本足の分際で二本足に逆らうのか、と怒鳴った。すると相手は、誰がそのような順序を決めたのだ、と問い返してきた。これには一同びっくりして腰を着いてしまった。

 さて、この偉大な四本足は狩る民の方に近づいてきて、同じ命の兄弟であるわたしの息子たちを無闇に殺したのはお前か、と問うた。目が合った黄色い男は、それはわたしではない、と否定した。すると、偉大な四本足はこの黄色い男を咥えて東の山の向こうへぶん投げた。次に目が合った白い男も、それはわたしではない、と否定した。すると、偉大な四本足はこの白い男を角にかけて北の山の向こうへぶん投げた。その次に目が合った褐色の男もやはり、それはわたしではない、と否定した。すると、偉大な四本足はこの褐色の男を後ろ足で西の山の向こうへ蹴飛ばした。こうして、この地の東と北と西は、いまも卑怯者たちの暮らす国となっている。

 さて、最後に目が合った赤い男は、それまでの三人の有様を見ていたので、偉大な四本足に自分たちの非道を謝罪した。すると、偉大な四本足は彼を許して立たせ、すでにない自分の息子たちの代わりに新しい息子となるよう、そしてかつての息子たちと同じく荒野を走り回り、悪しき者たちをその角にかけるよう、言い渡した。こうして、狩る民は偉大な四本足の神に従って荒野をさまよう者となった。

 さて、母なる川のほとりに残されたかつての集める民は、狩る民が肉を持って帰らず、また自分たちで糧を見つける術も忘れてしまったため、お腹を抱えてうずくまってしまった。そのうち、足の短い者や腰の曲がった者から順に大地にじっと横たわるようになっていった。そこで、集める民はどこか別のところへ移ることを決断した。狩る民は東の方へ行って帰ってこなかったので、彼らは西の方へ歩いていくことにした。そして何日も歩いていくと、丘の上に金色の毛を持つ四本足の女が立っていた。女は彼らを引き止め、なぜそのように腰をかがめて歩いているのか、と問うた。彼らは、お腹がすいているからだ、と答えた。すると女は、ならばわたしの乳を与えよう、と乳房を取り出した。その女は無数の乳房を持っていたので、さまよう民全員が彼女の乳をふくむことができた。彼らは満腹して、女に感謝すると、女は一同に、お前たちは四本足を追ってその肉と毛皮を奪いとっとが、奪っても結局得るものはないことをお前たちは学んだだろう、と言った。さまよう民は全員、その通りだとしみじみ頷いた。さらに女は、ならばお前たちはむしろ四本足に従って、その乳と毛を分けてもらうことを学ぶがいい、そうすればお前たちは永遠に得ることができるだろう、と言った。さまよう民はその知恵を喜び、また、乳を与えてもらうからには、われらは四本足を母のように大事にすることを、「最初の母」に誓った。金色の毛を持つ四本足の女はその誓いを喜び、丘の向こうに隠していた自分の娘たちを彼らに与えた。こうして、われらは四本足に従う者となった。


 

転載折込済

 投稿者:Efendi  投稿日:2004年 4月25日(日)22時50分57秒
  > 今月中には記事化したいのですが……

TOME の方に載るようになったら、こちらのは引き下げますので、お気兼ねなく~。
 

以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
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