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また、混一疆理歴代国都之図では、一目見れば分かるとおり、中国が異常に大きい。これまた世界観の地図への反映である。
もう少しましなもので、17世紀のオランダで作られたアジアの地図を見ると、トルコ(バルカン・エジプトを含む)、ペルシア、中国が大体同じ大きさで描かれている。これはこの3国が、同じくらい、とみなされていたためであろう。
グローランサの地図でも、フロネラやペローリア、クラロレラといった大地域は同じくらいの大きさで描かれているが、とりわけクラロレラはあんなにちいさいのだろうか?
さて、だがしかし、わたしたちが「古地図」として目にする地図の多くは活版印刷普及後の地図である。つまり、ヨーロッパでは国境という概念が広く認識された時代であり、地図では何より国境が強調されてくる。これは現代に生きるわたしたちも同様である。色とりどりのヨーロッパ地図から色を抜けば、ブルターニュ半島からウラル山脈まで広大な平原が現れ、地形的にヨーロッパの境というものは見えなくなってしまう。
もっとも、国境の概念はないが、共有文化の境界の概念ならばあったろう。後期ローマ帝国時代には、帝国は2分、4分されたが、それは地中海で区切るのではなく、東西に区切られた。イギリスとスペインとモロッコがおなじ領域であったわけだ。それが1000年後にはチュニジア生まれのイブン=バトゥータはデリーで法官のバイトまでしたが、イタリアに行ったことはない。
まあ、それは先述の地図の区切り方に現れることで、ここで問題にした、国境線を強調しない時代の地図だが、そこに描かれるのは、都市と街道と移動困難な地形、そしてトピック、ということになる。
要するに、誰が地図を見るのか、といえば商人と将軍なのである。
そういうことで言えば、「グローランサ」のおまけについてた都市と地形だけが書き込まれたジェナーテラ地図は、あれに街道とトピックが描きこまれれば理想的な中世の地図となるだろう。
トピックというのは、例えば霊験新かな泉だとか、そういうものである。辺境に行けば、地形の書込みが少なくなる分、怪異を扱うものが増えてくる。スペースも余ってるのだ。また、都も農村社会の時代には一つの驚異であって、必ず目立った絵がかれ方がする。
地形の方は、これはわたしたちが見慣れた地形図とは若干異なって、小川でも急流などは強調して描かれるし、緩やかな起伏は描かれない。
グローランサの現状の地図から、移動にまつわる地形を読み解くのは難しいが、基本的に街道沿いの都市は等間隔に現れるので、それが間隔が短いところでは河渡しのために栄えた町などと読めるだろう。また、都市の間隔が思い切り離れているところは、その間、ほとんど水が得られない、と読めるだろう。草原か砂漠、ということだ。
ずっと前にさかのぼって、世界概念を表した世界地図のほかに、実用地図というものを挙げた。上記の街道図もその一つである。
教科書には必ず載ってる魚鱗図冊、これは徴税を目的としたものだ。徴税といえばルナー帝国。だが、ペローリアでは竜に対する嫌悪から、魚鱗図冊よりは、竜、その矮小化した象徴である蛇、これを食べる太陽の眷属、鳥の羽毛を象った地図の方がふさわしいかも。銀の影のかたちに首を巻く鶴とか。
都市図や狭い地域図、というと、鳥瞰図がでてくる。これは美しさ、直感のしやすさのほかに、軍事的な目的がある。とりわけ大砲が使われるようになってからは丘が必ず描かれる。
大砲以前には、丘に陣取るということは為されなかったものだ。囲まれれば水が得られないからである。
だが、グローランサでは「物質魔術」のようなものも使われるだろうから、これは大砲のある時代の感覚と同じにみなしてよいかもしれない。
取り留めのない話になってしまったが、グローランサの地図を描くにはどうするか、という単純な話に戻すと、「グローランサ」にあるような国境線を強調した地図ではなく、都市と街道とトピックを強調した地図にするのがいいんだろうと思います。この地図において国境は、関所というトピックで現れることになって、どの山があっちで、どの山がこっちというのは不分明なままですね、この時代の感覚では。
カタロニア図 the Catalan Atlas、という地図が参考になると思います。
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